2009年1月28日水曜日

幸せと思うこと

 この2週間ほぼ休み無しでオーケストラのお仕事、その間本番5回!またその合間に友人のリサイタルを聴きに行ったり、室内楽の合わせなども。凝縮でした・・・♪今日は久しぶりのオフ!目覚まし無しで起きるって最高!!笑
 後半の一週間は現代音楽ばかりだったのですが、そこでピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲がありました。どちらも邦人作曲家の作品と日本人ソリスト達。ここで演奏家の役割と影響力を改めて感じることに。ラフマニノフやベートーヴェンの協奏曲でもなく、チャイコフスキーやメンデルスゾーンの協奏曲でもなく、はっきり言ってお客さんの中に今回の作品を2度以上聴いた事がある人は殆どいないのではないでしょうか。そんな作品を演奏する時に演奏家の仕事振りがますます発揮されるな~と。聴いている人たちはその作品を初めて耳にするのだから、いや~責任を感じます・・・!今回のソリスト方は、それぞれの作品を本当によく解釈・咀嚼し、よく弾きこみ、説得力をもった熱演をしておられ(と私ごときが偉そうに恐縮なのですが・・・汗)、それは聴衆にもオーケストラの皆にも強く伝わってきて、作品の特徴や魅力を大いに伝える姿に大きな拍手で称えられていたのがとても印象に残り、また自分も一人の演奏家として音楽を伝える役目にいるんだという事に、改めて責任と喜びを感じるきっかけとなりました。

 仕事の合間に行ったリサイタルは、ピアニストの末永匡さんによるものだったのですが、彼がアンコールの時にお話された事で心に響いた言葉がありました。「今こうして音楽できることが当たり前と思っては決していけない。」当たり前でないこと。幸せであることを自覚して感謝すること。

 最近読んだ本の中に出てきた、有名なフランス哲学者アランの名言「幸福だから笑うのではない。むしろ、笑うから幸福なのだ。」ここから私自身で思ったことは、同じ状況でもそれを幸せと思うかそうでないかは本人次第、幸せな人は自らの意思で幸せになるのだ、という事のように読み取ってみました。

2009年1月25日日曜日

イメージが沸く

 音楽を演奏するにあたって、きちんと弾けるか、楽譜に書いてある音符や楽語を正しく奏でられるか、ということは大前提なのですが、そしてそこにどんな音楽があるのか、という具体的なイメージが何より大切だといつも思っています。音楽は人間の感情から自然情景までありとあらゆる(?)色々なものを表現しているので、作曲家達には本当に尊敬の念が募るばかりなのですが、どういうことを表現しているんだろう!というイメージを膨らませることは何よりの楽しみであり、そして喜びに繋がります。
 バルトークのコントラスツのリハーサルでも、始めは縦を合わせる事や流れを作るという避けられない作業にどうしても時間をとられていたものの、回を重ねるごとに、気がついたら作品の具体的なイメージがふとしたキッカケから突然湧き水のごとく(?)3人の頭に溢れてきて、そのイメージを前に3人がひとつになれた時、この喜びが快感で、これだから音楽、室内楽はやめられない!なんて思ったりします。音楽を表現すること、表現する為に一番大切にするべきこと、そして楽しむこと!そこが一致している3人だなーと今日のリハーサルで実感しました。幸せだな~♪
 それにしてもバルトーク、昔から好きすぎるくらい好きな作曲家でしたが、ほんとにステキな作曲家です!今日改めて思ったことは、本当に色っぽいことを表現してくれるな~!ってところかな☆ふふふ 3楽章のヴァイオリンのかっこいい(はずの・・・汗)カデンツァ、練習しなきゃ・・・!

2009年1月20日火曜日

偶然の交流

先日ニューイヤーコンサートの為に新幹線で名古屋方面へ向かった時のこと。
東京駅で車両に乗り込もうとしたら、
楽器を持った外人達が出入り口付近の席にいるのが目に入る。
とりあえず車両に乗り込むと、楽器を背負った私を目ざとく見つけ、
さっそく声をかけてきた。

外人達「ヴァイオリンかい?」「どこいくの?」(英語・・・)
私「そう、え~と名古屋・・・」(実際には名古屋ではなくその近くだけど)
外「なになに、なに弾くの~?」
私「何って・・・小品をたくさん。」(ヨハン・シュトラウスなど)
外「・・・・?小品かぁ?」
私「あーだから、ニューイヤーコンサート」
外「おお!僕達もだよ!!」
(!!、ニューイヤーコンサートで外人と言えばもう・・・!)
私「どこから来たの?」
外「ウイーンさ」
(ほらねー。)
私「じゃぁドイツ語ね?」(ここからドイツ語)
外「まぁそうだね、もちろん色んな国の人がいるけどさ、ドイツ語だよ」

・・・・・・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・・・・

とりあえず私は自分の座席につき(彼らと2、3列しか離れてない・・・)
次の駅から乗ってくる友人を待つ。←正団員で同じくドイツ時代の仲間
向こうで彼ら、「あはは!いや~ドイツ語話してるよ・・・!笑」←私の事
笑 って・・・何かおかしいですかな?

友人が乗ってきてから、再び彼らとのやり取りが始まる。
めんどくさいので(?)こちらから先に、「私たちフライブルクで勉強してたの」
外「おお!フライブルク!!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・・・

私たちに一番コミュニケーションをとってくるおっちゃんが、
またわざわざ私たちの座席のところへやってきて、
「フライブルク音大なら、H○○・R○○○○・・・知ってるか?」
「うん、知ってるよ!」
「彼女は我々と一緒に弾いたりしてるんだよ~」
「へ~!」
「我々のサイトがあるから是非見てよ!今からアドレス書いて渡すから!」
言いにきてから、慌てて書くものを探しに戻るおっちゃん・・・
少しして、名詞の裏にサイトのアドレスを書いて持ってきてくれ、
「良かったら是非Emailも書いて送ってね!」
へいよ~・・・!

いや~それにしても、実に元気な人たちだった・・・。
そう、あちらの方々は本当に体力があってパワフルなんです。
電車の中でもそう寝たりしません。
用も無いのにずっと立っていたり(?)、楽しくお喋りしたり本を読んだり・・・


彼らはその日大阪で、私たちは名古屋の近くでお互いニューイヤーコンサート、
「楽しもうね~!」といって我々は先に新幹線を降りました。

その晩家に帰宅した私は、その話を母にしたら、コンサートガイドを持ってきて、
その団体が載っているか調べたところ・・・・・・ これだ~~発見!!!
しかも・・・その名詞くれたお喋りなおっちゃんは、指揮/Vnの人だった~!
(=おっちゃんの名前だけカタカナで載っていた!爆)
母と大爆笑し、とりあえず彼らのサイトを訪問したら、
ほんとだ・・・間違いなく彼(彼ら)だ。。


いや~~とにかく面白い出会いでした・・

その時友人と思いついたこと。
「彼らと一緒にウインナーワルツ弾きたいねぇ。」
ウインナーワルツって本当に独特。特に日本人4拍子の私たちにはもう…ぎゃ~
だから、いくらイメージしたり真似してみるより何より一緒に弾いてみるのが1番!

何だか、都会の雑踏に揉まれてゆったりした呼吸もできずに音楽している日々の中、こんなことがあると一瞬向こうにいるような、そうでないような・・・
時間や場所を一瞬でも忘れたひと時だったような。
こんなユーモアある出来事をユーモアとして楽しめる自分にとりあえずホッ・・・

彼らは演奏会盛り上がったかな?いや、間違いなく盛り上がっただろう!
そう、彼らは音楽を楽しむことを忘れていない、いやそれがまず第一なのだ。
音楽をすること以外の事にこだわり過ぎると音楽が制限されてしまう。
社会にいると制限されることが多いけど、
決して楽しむ事を忘れてはいけないのだ。
そしてそれは音楽に限ったことでなく、人生そのものを・・・!

2009年1月19日月曜日

ブルックナーはお好き?

 オーケストラを弾くお手伝いによく行かせて頂いていますが、この10ヶ月間でブルックナーの交響曲を3曲(1、3、6番)演奏しました。
 どれも人生で初めて弾いたものばかり。これまでブルックナーについて色々なコメントが耳に届いていましたが、それらはどちらかというとネガティブなものが多く、第2ヴァイオリンは刻みが地獄のように続く(これは作品の評価とは別ですが)、長い、そしてつまらない→何がいいのか分からない・・・とまぁ、こんな感じ。でも逆にポジティブな意見としては、4番や8、9番ていいよね~!とも。
 そしてそのような意見の中、私は初めて弾く時には至って前向きでした。そして実際弾いても前向き。その理由を考えてみたら、過去の2つの経験が思い当たりました。

 一つは、人生で初めて生で聴いたブルックナーが、イタリアのシエナという街にある有名な大聖堂で行われたチョン・ミョン・フン指揮で第9番。あまりに感動したのを一生忘れることはないでしょう。なぜなら、ブルックナーは素晴らしいオルガニストで、彼はいつもオルガンと教会の音響を想定して音楽を作っていたからで、私が聴いたものは正にその環境での響き→ブルックナーの音だったからではないかな・・・。教会の中は満席で、私はかなり後ろの席で聴いていたけど、音楽が聞こえてくるずっと向こうのオーケストラの方を見ると、溢れ出ている音がオーラとなって光っているように見えたのが強烈な印象!

 二つ目は、教会の響きというものが、ドイツ留学中にすっかり身体に染み込んだこと。石造りの街にいるだけで街や家の中の生活音が全く違います。教会で演奏する機会も多く、オルガンの音にもよく触れ、あの独特の音響は、どんなに残響のあるコンサートホールでも、それとは全く異なります。

 それらの経験のお陰で、どんな音響でブルックナーを弾いても、いつでもあの響きを思い描くことができる。そして、弾きながらブルックナーの音楽に身を委ねて、ステキだなと思える。これって、幸運な、ラッキーな経験としか言えませんよね・・・

 これらの事で、経験によって抱くイメージの影響が本当に大きいということを改めて思いました。何がいつどこでどう自分に影響するのか日々想定なんて出来ないけど、何よりまず、自分の気持ちがポジティブであることが、一つ一つの経験をもポジティブにする大切なことかもしれません。

2009年1月11日日曜日

音楽は生きている♪

先日、バルトーク『コントラスツ』の合わせに行ってきました。
私はこの曲をドイツで2度演奏していて、今回で3回目になります。
生まれて初めて取り組む作品ではなく、
過去に経験した作品を再び演奏する時に必ず感じることがあって、
毎回、以前と違う印象を受けるんです、作品は全く同じなのに。
それは、以前と違う自分というのが一つの大きな要因だろうし、
また一緒に弾く仲間が違えばそれはもう、作品が違うの?と思うほど
自分の中で新鮮に生まれ変わり、新たな発見もたくさん出てきます。
また、毎回違うばかりではなく、以前からの思いの確信を強める事もあり。
だから同じ曲を何度弾いても、決して同じ演奏ではなく、
音楽は、自分と同じ生きものだな、と改めて思いました。
来月1日に「今」の「この3人」からしか出てこない音楽・・・本当に楽しみ!

写真は、この作品を献呈された
ジャズ・クラリネット奏者のベニー
・グットマン(右)&巨匠ヴァイオリ
ニストのヨーゼフ・シゲティ(左)、
そしてピアニストでもあるベーラ・
バルトーク本人の3人での様子。
この3人による演奏の貴重な録音
も残されています。

いや~・・・写真見たら気が引き締まりました・・!笑  がんばろー♪

2009年1月5日月曜日

歌舞伎座デビュー?

生まれて初めて歌舞伎を観てきました。



『歌舞伎座さよなら公演』 ~演目
  *祝初春式三番叟(いわうはるしきさんばそう)
  *俊寛(しゅんかん)
  *十六夜清心(いざよいせいしん)
  *鷺娘(さぎむすめ)

お正月に歌舞伎!華やかでした~!
歌舞伎座の趣きに胸が高鳴り、
初めて目にする歌舞伎には心が打たれました。
「笑いあり涙あり」とは言うけど、歌舞伎でココまで涙が溢れるとは!
あ、もちろん笑いも!ユーモアに気持ちがやわらぎ。
歌舞伎について何の知識もなく、
何がどうだからうまいとかヘタとか技術的な事とか何も分からなくても、
素晴らしいものには感動するということ、
良いものというのは必ず伝わるということを改めて実感。
台詞以外の、身のこなしの一つひとつの全てが伝えるもの。
特に最後の坂東玉三郎の『鷺娘』はひたすら踊りだけなのに、
観ているこちらの胸が切なく苦しくなって・・・・・・・・

あ~あまりに美しかった・・・!

ところで日本の伝統的建造物のひとつであろう歌舞伎座を取り壊して
違う形に建て替えるということには本当に嘆きの気持ちを覚えます。
う~ん、ヨーロッパだったらこんなことは有り得ないだろうな・・・
どんなに維持費がかかろうと赤字だろうと、
自分達の伝統の形を必死で守る、
もし取り壊しという案が出されれば庶民達が容赦ない抗議とデモを行う。
  ・・・後悔先に立たず。
もちろん物事の裏には事情があるのは仕方無いけど、歌舞伎に関わらず、
多くの日本人が自分達の魅力が何なのか知らない気がするのが悲しいです。

・・・などと、改めて伝統の大切さについても考えさせられながら、
今後はすっかり歌舞伎にハマりそう。
次に行くときは一番上の席から掛け声をかけてみたい!
(・・・そりゃ通のやることだよ~!)